File #10 メタ・マテリアルで開拓する新奇な世界

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シリーズ:アンビエントロニクス研究所の研究シーズ

機械科学・航空学科 岩瀬英治 教授

基幹理工学部 機械科学・航空学科の岩瀬研究室のメンバーは、研究員、学生を合わせて総勢29名。基本的に全員、個別の研究テーマに取り組んでいるという。構造などの工夫により、そもそもの材料由来の物性とはことなる性能や機能を付与する「メタ・マテリアル」という研究分野だが、その応用は自己修復配線から熱電発電まで実に幅広い。身近なものからもヒントを得、岩瀬先生の高い美意識とユニークな発想で、自然界にある物質を超越した、新奇な人工物質の世界を拡げ続けている。

メタ・マテリアル

「メタ・マテリアル」とは、例えばナノスケールの加工を施したりして、自然界にはない新しい物性を実現させる新しい研究分野だ。岩瀬研究室ではマイクロ・メカニクスの技術を活用して自己修復能、伸縮・屈曲性を有する金属など、様々なメタ・マテリアルを開発している。
例えば、金属製の折り紙構造の配線。金属は言うまでもなく硬い材料だが、金属薄板に特殊な折り目を入れることで、大きく広げたり、コンパクトに畳んだりできるようになる(図1)。電気配線という機能を損なわずに、その形状を大幅に変えることができるようになる。ビニールや布性の折りたたみ傘のような形状の変化を、硬い金属で行えるようにしようというわけだ。かなり複雑な折り紙構造で、2020東京オリンピックのエンブレムに採用された組市松紋のような緻密さを感じさせる。これを一から生み出すには、豊富な経験と柔軟な発想力、そして高い美意識が必要だろう。芸術的ともいえるこうしたユニークなアプローチが、岩瀬研究室の真骨頂だ。

 


図1 金属折り紙構造

 

自己修復する配線

図2は、岩瀬研究室が開発した、自己修復する金属配線だ。透明な素材を引っ張ると中の金属配線が切れ、光っていたLEDが消灯する。しかしさらに引っ張ると、再びLEDが点灯する。からくりはこうだ。透明な素材の中には、実は金属ナノ粒子が分散した液体が封止されている。引き延ばして中の金属配線が断絶したところへ電圧を印加し続けると、断絶部分にのみ生じる不均一な電界によって付近の金属ナノ粒子に誘電泳動力が生じ、粒子が吸い寄せられる。こうして配線が電気的に修復される。配線の断絶箇所を知らずとも、電圧を印加するだけで、傷口が治るように自動的に修復できてしまうのだ。
インタビュー中、動画で金属配線の自己修復過程を見させていただいたが、正直のところ、現実の映像とは直ちには信じられなかった。まさしく、自然界にある物質の常識を根底から覆す「メタ・マテリアル」だ。

 

 


図2 自己修復する配線

 

折り畳み構造の応用

「ミウラ折り」という特殊な折り畳み構造がある。1970年に東京大学宇宙航空研究所(現・宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所)の三浦公亮(現・東京大学名誉教授)が考案した折り畳み方だ。図3の折り紙は、この「ミウラ折り」の改良版だ。穴をあけることで、従来のミウラ折りの弱点であった自由度の拘束を緩和させた。図4中の奥の3つは、穴あきミウラ折りを応用した、銅板製の電子デバイスだ。両脇には曲がった状態のデバイスが示されている。丸めて縮めたり広げたり、曲げることもできる、金属製とは思えぬ柔軟なデバイスが実現されている。

 


図3 穴あきミウラ折りデバイス

 

さらには、素材自ら動いて折り紙を作るような、不思議なデモも見せていただいた。形状磁気異方性モーメントを利用した微小3次元構造の組立技術だ(図4)。形状磁気異方性モーメントとは、簡単に言えば磁石の上に砂鉄が立つ原理のことである。これを用いて、基板上に多数配列したマイクロ構造が、磁場を印加することで勝手に折り紙を折るように一斉に組みあがるのである。磁性材料の体積や折り曲げ部の剛性を考慮し、4段階の順序組立てを実現している。その動画の美しさには目を見張るものがある。岩瀬先生の研究成果は視覚的に見事なものが多いが、この例は特に圧巻である。

 

 


図4 形状磁気異方性モーメントを利用した微小3次元構造の組立技術

 

熱電変換モジュールとメタ・マテリアル

従来の熱電変換モジュールは、硬いアルミナ板などに挟まれた平板型であり、もちろん曲げることはできない。高温熱源、低温熱源に隙間なく密着させないと効率の良い熱電変換は行えないから、熱源も熱電変換モジュールに合わせて平坦にする必要がある。だが実際には曲がった面を有する熱源の方が多く、熱源の形状に合わせて曲げることができるフレキシブルな熱電モジュールが実現できれば、圧倒的に応用範囲が広がる。
そんなフレキシブル・熱電モジュールの開発が、近年、世界中で盛んに行われている。熱電材料そのものを固い無機材料から柔軟な有機材料に変えたり、熱を伝えるアルミナ板をゴム製に変えるなど、様々な方法が試されているが、岩瀬研究室では得意とするメタ・マテリアル的視点から独自のアプローチでフレキシブル熱電変換モジュールを開発している。
熱電変換性能の観点からは、現状ですでに高い性能を実現できている無機の熱電材料を使う方が圧倒的に有利だ。だが、そうした無機材料は固くて曲げられない。そこで、熱電材料同士の電気的接続に電気伝導性が良くかつ伸縮性のよい構造を用いることで、力学的に無理の無いフレキシブル性をモジュールに持たせることに成功した。図5に示すように、電球の表面に貼り付けて、電球が発する熱を使って発電をすることができる。

 


図5 無機の熱電材料を用いながらも伸縮可能なフレキシブル熱電変換モジュール

 

このような着想はどこから?

以上は、岩瀬研の研究のほんの一部の例に過ぎない。他にも様々なアイデアが形にされている。岩瀬先生がなぜ、このような斬新なアイデアを次々と出せるのか、その核心がどうしても気になる。特別な秘訣があるわけではないようで、明確に答えていただけなかったが、「皆が知っている身近な現象やモノを、色々な視点で見るのが好き」という岩瀬先生の言葉にヒントがありそうだ。「観察力」、すなわち身近なものを多角的に、丁寧に、そして先入観に捕らわれず、じっくり観察する力が、メタ・マテリアルという新奇な世界を開拓し続ける上で重要なのではなかろうか。

 

 

 



機械科学・航空学科
岩瀬 英治 教授

 経歴

2004年04月-2006年03月 日本学術振興会 特別研究員

2006年04月-       東京大学 大学院情報理工学系研究科 知能機械情報学専攻 技術補佐員

2006年05月-2007年03月 東京大学 大学院情報理工学系研究科 知能機械情報学専攻 助手 (東京大学 工学部 機械情報工学科 兼担)

2007年04月-2010年06月 東京大学 大学院情報理工学系研究科 知能機械情報学専攻 助教 (東京大学 工学部 機械情報工学科 兼担,2008年4月より 東京大学 IRT研究機構 兼担)

2010年06月-2012年03月 Harvard University, School of Engineering and Applied Sciences (SEAS), Postdoctoral Fellow  (2011年10月より Harvard University, Wyss Institute for Biologically Inspired Engineering 兼担)

2012年04月-2014年03月 早稲田大学 理工学術院 基幹理工学部 機械科学・航空学科 専任講師

2014年04月-       早稲田大学 理工学術院 基幹理工学部 機械科学・航空学科 准教授

2019年04月-       早稲田大学 理工学術院 基幹理工学部 機械科学・航空学科 教授

 

 

 

 

記事作成:早稲田大学 アンビエントロニクス研究所 西当弘隆

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